ザーサイ置き場
月をバックに駈ける狂喜
1902年12月9日
俺は12歳になったけど、相変わらず盗みを繰り返していた。
彼との出会いはその時だった。
その日もいつもと同じように夜に忍び込むのに適している店を探しに街へと出ていた。
街にはチラチラと雪が降っており、肌に触れては溶ける。雨ならあたりの匂いが薄れてしまって嫌いだけれど、雪はそんなことないから嫌いではない。
髪の毛の中にコマドリは埋もれている。こいつは雪が嫌いらしい。
「どこかいい店、ないのか?」
『馬鹿野郎、慎重に選ばないと捕まって困るのはお前の方だぞ』
最初に盗みを働いた時、手を貸してくれたこいつは何故か未だに俺の犯行を手伝ってくれている。それどころか日々の生活のサポートまでしてくれる。
今では協力してくれる奴も増えたが、コマドリが信頼できる一番の相棒だ。
街中のほとんどの人間は俺のことを見向きもしないけれど、街中の動物達は俺の味方だ。
カランカランとどこからかベルの音が聞こえてきた。いい匂いがする。恐らくパン屋だろう。
『なぁ、休憩する気はないか?』
「休憩?パンが食べたいだけだろう?」
『えー……いいじゃねぇか』
「でも……痛いっ!」
「うわっ!?」
コマドリがよそ見をしていたせいで誰かにぶつかってしまった。あまり好きにはなれないゴワゴワした布だ。
どこかの制服か何かだろう。個人が好んで着るようなものではない。
「ごめん」
上から降ってくる声は男のものだ。明らかに不機嫌。
それにしてもおかしいな。人が目の前まで迫っていたら、光の感じで分かるはずなのに全く気が付かなかった。まるで透けている透明人間のようだ。
「いえ、大丈夫です」
『おい、この男警察だぞ』
「え、警察?」
「えっいや、まあ」
『僕は違うよ!』
コマドリの声にギョッとして思わず返事をしてしまった。不機嫌な男の声はそれに返事をする。それと一緒に明るい少年の声も聞こえてきた。
……連れだろうか。
少し怖くなって俯いてしまった。何か……全てを見透かされそうな気がしたからだ。
「僕、今度から気を付けてね……痛い痛い痛いっ」
『スノーに触るんじゃねぇ!こうしてやる!』
俺を撫でようとした別の男の手をコマドリが執拗に突っついた。こっちの男は全く怖くない。
『クリス!ルッキー!あんまりその子を困らせないのー!……ごめんねー?もう行っていいよ』
「あっはい。すいません」
少年が一番しっかりしているのかもしれない。あんまり長い間話していたらボロが出そうだし、言葉に甘えてさっさと立ち去らせてもらおう。三人組に背を向けて早足でその場を後にする。
その時だった。
まるで頭を覗かれるような、頭蓋骨を外して脳を覗かれているような奇妙な感覚に襲われた。先程のぶつかった男の吐息のようなものが耳のそばで聞こえる。
怖い。
俺は恐怖を感じた。
コマドリは何も言わない。つまり、男は離れた位置にいるのだ。
なのにすぐ真横にいるのではないかという感覚に襲われる。脳を覗いているのは、この男なのだろうか。今すぐに駆け出したい。だけどそれを制止するように足が重くなっていく。
止まっちゃ駄目だ。
後ろから足元にすぅーっと冷たい空気が這ってきた。息が苦しくなっていく。
足を止めてしまいそうになった時、フッとその感覚が消えていった。
「……コマドリ、さっきの男は?」
『さっきの男?なんか女と話しているけど?っていうかあれ、キスしてるな。完全に』
「そうか」
先程の感覚はなんだったのだろうか。気のせいだったとは思えないがあの男にも何らかの力があって、俺を殺そうとしてきたとも思える。
ぶるりと身震いをして、俺はその場を後にした。
下見はもう十分だ。
その日の夜。
俺は目星を付けていた宝石店の前に立っていた。もちろん一人ではない。誰かが来た時知らせてくれるカラス達に俺を守ってくれる犬達に猫達。他にも多くの味方がいる。
「始めよう」
俺は持ってきた鉄材を振り上げて扉に何度も振り下ろす。ガラスが派手な音を立てて砕け散り、木が砕け散る。
顔に木屑が当たるが気にしない。盗みとは時間との戦いなのだ。
『もう入れるぞ。急げ』
「わかってる」
足元に散らばっているらしいガラスが靴裏で不快な音を立てる。店の地図は何度も入って回っているので記憶している。
もちろんどこにショーケースがあるかもだ。鉄材を振り上げてショーケースを殴りつける。
ガチャンと軽快な音を立ててガラスが割れた。あとはもう中身を抜き取るだけだ。
持ってきた麻袋の中に突っ込む。ジャラジャラとよく音の鳴るネックレスや指輪ばかりだ。
『……か来たぞ!誰か来たぞ!』
外からカラスの警告する声が聞こえてくる。あともう少し粘れないのだろうか。
『早く行くぞ!』
「……もう少し待てよ……」
その時、外からジャリっと音が聞こえてきた。押し殺した息遣い。まずい……これでは捕まってしまう。
ズリッと音が頭に嫌に響いた。昼間体験したあの脳を直接覗かれるような嫌な感覚だ。手が小さく震えて呼吸が乱れる。あの警察だ!俺を殺すつもりで来たんだ!
「おい、そこで何をしている」
すぐ近くで別の男の声が聞こえた。あの警察の手下だ!殺される!やらなくては殺される!パニックになった俺は近くに落ちていたガラスを思いっきり握った。
「ひ……《標的指定 首》」
声が上擦り、ガラスがカチャカチャと震える。この手を話せばあの警察も手下の男も倒すことが出来るのだ。
しかし、集中力が最大に高まった時に警察が吠えた。
「ウオオオオオオオオオオ!!!!!!!」